火の鳥vs風の谷のナウシカ
最近NHK総合で手塚治虫原作『火の鳥』をアニメーション化して放映していますよね。
今日も放映していたんですが、やっぱり原作の力が非常に強いなぁと感じました。壮大なストーリーはもちろんですけど、考えさせるものもいっぱいですし。今日の話も、何世紀後の地球の話で、世界の決定をコンピュータの人工知能に任せたが故に、人間世界が滅ぶというシーンがありました。
将来(遠いか近いかは分からないけど…)、地球環境が変わり、人が住める環境ではなくなってきたら、多分平和どころでは無くなるでしょうね。人が住める場所の争奪戦が始まります。ま、その先は分かりませんけど、手塚さんは争いが絶えない人類は、考えたあげくに決定をコンピュータに任せてしまい、悲劇を起こすという結論を出した。
それで、急に話は変わりますけど、僕が好きな宮崎駿監督は漫画版「風の谷のナウシカ」では、人類は争いを繰り返すが、それでこそ人間であり、それでもなんとか事を収めてくれる人物が現れるであろう(あるいは現れて欲しい)という描き方をしている。
手塚さんはヒューマニストだけれど、人間の感覚よりも上の視点から、「こうあるべきだろう」というメッセージ性を込めて描いている。
一方、宮崎さんは手塚さんの作品の力を認めながらも彼の作品を否定し、現状の問題性を意識しつつも、「こうあるべき」ではなく、どちらかというと人間側の視点に立ったところが大きいと思う。
どちらもヒューマニズムに基づいているんだろうけど、手塚さんは全体の、というより神の視点からものを考え、宮崎さんは個々の視点からものを考えるところが多いような気がします。
だから、手塚さんのストーリーには破綻が少ないだろうし(あまり作品を見ていないから断定できないけど…)、宮崎さんの作品はストーリーが途中飛んでいたり、中途半端な感じがすることがあるけれども、精神的な開放感がある。
やっぱり、どちらも天才、奇才だなあと思います。手塚さんは亡くなってしまったけど、同じ時代に生まれて、その時代を感じることができてすごく嬉しいです。
そんな奇才のひとり、宮崎監督の『ハウルの動く城』も、どのようになるんでしょうね。本当に気になります。
P.S. ちょっとこの日記で、遊びを入れてみました。さて、気付くでしょうか?(笑)