ゲド戦記をしっかり読んでおきたくなってきた

「崖の上のポニョ」、何度かDVDで鑑賞しました。

やっぱり何度観ても訳が分からなくなると言うか、「何か」の境界を越えちゃった映画のような気がします。最初にボクが映画を観た感想で言ったんですが、「現実と虚構の世界が共存していて」、切り替わるタイミングがないのが、大人になったボクにはなかなか理解… じゃないな、感じ取ることの難しい部分でした。

そんな中でも、何か「ゲド戦記」の世界観に非常に近いものを改めて感じました。まず「名前」に対してこだわっている部分が随所に見受けられます。宗介が父・母を下の名前で呼ぶ部分は目的があってそうしているように思うし、敢えて名前を呼び直したり、名前を付けていなかったりする部分もかなり多くありそうです。

それと魔法(?)の力で世界のバランスを崩すっていうのは、まさにゲド戦記のモチーフだと思います。子どもが何も知らずに魔法をどんどん使ってしまい、裏では大変なことが起きているんだけど、子どもたちにはその裏の部分は関係ないから思い切り端折っている感じがして、その辺りの興味が尽きません。

…そんなことを言いつつも、ゲド戦記原作は途中まで読んでいたんだけど、理解不能状態に陥り(苦笑)、途中で読むのをあきらめてしまった経過があるので正確な考察は出来ないでいるんですよね(汗)。

どうしても文章通りの通り一遍の理解しかできなく、行間を読み取る、感じ取ることのできる能力が欠落しているのでダメなんです。そもそも行間を読み取る前に無知で読み取れないと言った方が正しいのかも知れません…(汗) 自分の無知を最近は呪っている状態…(苦笑)

もしかすると、駿監督が吾朗監督の「ゲド戦記」を実は作り直しちゃったのかな、なんて。これでル=グウィンさんへ申し訳が立つ、なんて裏話があったりしてね。ってボクの勝手な思い込みだけれど。

2件のコメント

  • ゲド戦記との接点を見出すって発想に目からウロコです!
    真相はともかく、解釈のひとつとしてアリかもしれません。
    私もポニョ見ながらゲドを読み直したくなってきました。
    ゲド読むと流れがつかみにくくてかなり体力使うのが難点ですが…。(汗)

  • >iwanaさん
    「ポニョ」自体、生と死の世界の境界の部分とか、輪廻、
    魂の不滅やらの哲学的な部分をサラッと持ち込んでいる
    って話を目にしていたので、そう考えると裏で宮崎駿版の
    ゲド戦記にしようとしたのかな、なんて思ったんです。
    …でも、やっぱりゲド戦記は読むのに難儀しますよね(苦笑)。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です