すぎやまこういち お別れの会
今日は築地本願寺で開催された「すぎやまこういち お別れの会」に参列してきました。
書き留めておかないと忘れてしまうので、こうして自分の備忘録として書いておきますが、行けなかった方に雰囲気でも伝われば幸いです。
あまり遅くならないようにと思って、いつも早め早めに行動するようにしているんですが、この日、築地本願寺に着いたのは午後0時半前。一般の部は午後2時からなのでずいぶん早く着いたんですが、築地本願寺の正面入口から一般参列者と思われる方が塀沿いに列を作っていたので、ちょっと早いですが並びました。
20分前くらいに境内に移動するよう指示され、確か四列になって列を組むようになりました。本堂から続く階段の前にはいくつかテントが設営されてあり、その中で検温と手指消毒、手荷物検査をしてから入場するという厳重な警備をされていらっしゃいました。
テントは降雨時の雨よけだろうと思いますが、寒くならないようにストーブも設置されておりました。
でも、上の写真でも分かるようにほとんど雲がなく快晴でした。並んでいた際、ちょっと空を見上げたんですが、すぎやま先生が微笑みかけているかのような空、と言っても間違ってはいないのかなと思います。
当たり前のことではあるんですが、ドラゴンクエストの開発に携わってる方を結構お見かけしました。星のドラクエの市村プロデューサーとか、VIやVIIあたりでグラフィックを携わっていた眞島さんとか、携わった作品の確認していないけど藤本プロデューサーとか。そうそう。退場した後にエグゼクティブプロデューサーの三宅さんをお見かけしました。
入場は午後2時を少し過ぎたあたりで開始されました。手指消毒をして、検温器で検温をし、警備員の方にカバンの中身を確認してもらって、本堂へ続く階段を上っていきます。本堂入り口に入る際に、白いバラの花でしょうか、1輪いただいて中に入りました。
私は早い段階で並んでいたのでスムーズに進めたんですが、おそらく献花でどうしても時間がかかってしまうため、後ろに続く方は献花まで進むのに時間がかかったようです。
本堂に入った際に確か5列に並ぶようにと声をかけられ、左端の列に並んで、本堂内に流れているドラゴンクエストの曲を耳にしながら、すぎやま先生の祭壇と遺影を眺めておりました。すぎやま先生の遺影はドラクエ30周年の時に作られた「すぎやまこういちワークス」の中で使われた下の写真のようでした。(転載ご免なさい…)
すぎやま先生の笑顔がすごく素敵でらっしゃって、この笑顔を見て、胸がいっぱいではあったんですが、ほんの少しだけ落ち着いた面もあります。
祭壇には、YouTubeでライブ配信された関係者の部をご覧になった方はお分かりかと思いますが、音符を模した花とか、あとスライムと先生の好きなドラキーも配置されていました。
本堂で流れていた曲は正直全く覚えていませんでした。「この道わが旅」がかかっていたような気もするんですが、献花の後のスペースで流れていたのを勘違いしているのかも知れず、全く確信が持てません。ただ、ドラゴンクエストの曲がかかっていたことは間違いありません。
一列の方の献花で1分ちょっとくらいかかってたでしょうか。少しずつ前に進んで行くわけです。一応、外から入ってきてコートを着ていたんですが、そんなに寒くもなかったのもあるしと、コートを脱いで献花の列で並んでいる時間を過ごすわけです。
振り返ってみると、その間ずっとすぎやま先生の遺影を眺めていたんですが、どうしようもなく悲しくなりそうな気持ちになるのを、さっきも言いましたけどすぎやま先生の笑顔で押しとどめてもらっている感じになってました。ただ、周りの方ですすり泣く方ももちろんいらっしゃったので、正直半べそ状態ではありましたが。
自分の献花の番がやってきて、手に持った一輪の白いバラを献花台に捧げ、すぎやま先生に向かって手を合わせて一礼し、「今までどうもありがとうございました。お世話になりました。どうぞ安らかにお眠りください」とお伝えして献花台を後にしました。
献花の後、祭壇左手に順路が設けられていて、順路どおり進むとすぎやま先生の写真や資料が展示されているスペースが設けられていて、そちらを鑑賞することができるようになってました。それがボクとしては不意打ち過ぎて、なんだかそこで涙してしまいました。ちょっと緊張の糸が切れてしまったのかも知れません。
思わず涙したものの、鑑賞をするため並んでいる間になんとか落ち着かせることができました。
場内では写真撮影、録画等は禁止されているため記憶にあるのをあげると、最初にあった写真は「すぎやまこういちワークス」に掲載されていた浅草を楽しむ先生のお姿だったと思います。その後はコンサートで指揮をされるお姿の写真だったかなと思います。
資料としては、すぎやま先生が手がけられたグループサウンズのEP盤、「恋のフーガ」などが6、7枚くらい置かれていたと思います。その脇にCM用音楽マスターテープもありました。そして、ドラゴンクエストシリーズのゲームカセット・ソフトの箱と、「Ending」って確か書いてあったから、ドラクエ1の『フィナーレ』の楽譜があったと思います。
一つ思い出しました。叙勲と文化功労者表彰の賞状が展示されていました。叙勲はいつのタイミングの賞状なのかを見るのを忘れてしまったので、2018年秋に贈られた旭日小綬章のものだったのか、亡くなられた後に追贈された旭日中綬章だったのか確認するのを漏らしておりました。文化功労者表彰は、当時の文部科学大臣の萩生田光一氏から贈られてたんですね。この時初めて気づきました。
奥のスペースの方にすぎやま先生がお使いになっていたタクトが3本くらいとタクトケースがショーケースに収められていました。そしてその脇に、すぎやま先生が毎年夏に開催しているファミリークラシックコンサートの歴代パンフレットが置かれてありました。(※パンフレットの展示についてすっかり思い出せないでおり、えみと・スピールさん(@dragon_lolit)に教えていただきました。ありがとうございました!)
その隣に指揮台があって、譜面台があり、後年椅子に座って指揮をされていたので指揮台の上に椅子が乗せてありました。…けど、指揮台の上に置いてあった椅子ってピアノ用の椅子だなと気づいてしまいました(苦笑)。ピアノ用椅子にお座りになっていたイメージは…無いなぁ(苦笑)。たぶん代用されたんでしょうね。…と思ったら、過去の資料見たら結構ピアノ用の椅子に座られていたようです。ホール用の椅子のイメージを持っていたんですが、勝手に記憶を書き換えていたようです。
指揮台のあたりから壁に大写しのすぎやま先生の指揮をされている写真が貼られていて、サインとともに自筆の「音楽に捧げる人生」と、コンサートの際におっしゃっていたスローガン『音楽は心の貯金です』『音楽は心のタイムマシーンです』『音楽は心の応援団です』と文字が。
写真・資料展示は以上だったんですが、出口でお土産をいただきました。
片面には印刷ですがサイン「音楽に捧げる人生」が書いたものと、もう片面にはすぎやま先生の指揮のピンナップ写真が印刷された、少し厚手のハガキの大きさのものでした。それとバレエ「ドラゴンクエスト」のチラシも一緒にいただきました。大切にとっておこうと思います。
以上が「すぎやまこういち お別れの会」の一般の部への参加レポートになります。
個人的には20年近く前にはなるんですが、ネットでいろいろとご縁があって、すぎやま先生と間近でお話する機会があり、一度だけお仕事のお手伝いをさせていただけたという貴重な体験をさせていただいたので、すぎやま先生には感謝しかありません。最後に挨拶に来ることができて良かったです。
ボクが献花を終えて退場した後、まだまだ並んでいる方が大勢いらっしゃいました。この列が正面入口の外にもさらに続いている状況で、人数だけで測ることはできませんけど、すぎやま先生がこれだけ多くの方に愛されていたんだなということを再認識させていただきました。
月並みではありますが、「お別れ」はさせていただきましたが、多くの皆さんがおっしゃっているように、ボクらの心の中にすぎやま先生の音楽は生き続けますので、これからも先生の音楽を楽しんでいこうと思います。
【TBS NEWS】【速報】すぎやまこういちさん ドラクエ曲でお別れの会 堀井雄二さん「ユーザーの心の中に先生は生き続ける」マリオシリーズの生みの親・宮本茂さんらが弔辞
【スポーツ報知】すぎやまこういちさんお別れの会開催、堀井雄二氏が弔辞「先生の人生こそ、ロールプレイングでした」
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