自殺は良くない

埼玉で集団自殺があったようですね。

 僕と同世代あたりの人たちが集団自殺を図る、あるいは実行して亡くなってしまうっていう事件が今年は多くなりました。先日も、集団自殺ではないですけれど、地元で列車に飛び込まれたなんてこともあったし。

 「自殺」っていう行動ってのは、現実逃避の最たるものなんだろうなあと思うんです。いわゆる『逃げ』ってやつですか。でも、この「逃げ」「逃避」ってのは、気持ちとしては出てきちゃうこともあるんでしょうね。僕なんかは人生から逃げるってのはやっちゃいけないと思ってるし、嫌いなんですけど、そんな僕でもドヨーンとしていたころは、死にたいとは思わなくても、「消えてなくなりたい」と思ったこともありました。

 就職、進学、仕事、受験などなど若い世代にもいろんなプレッシャーがありますけれど、そのプレッシャーに対する免疫って僕らはあまり無いのかも知れませんね。僕は、留年をしたり落第をしたりという経験もなかったし、ま、高校受験の時はプレッシャーはありましたけど、それきりでのらりくらりやってきちゃっていたタイプなので、もろ当てはまっちゃうんですが…(笑)

 ま、そんな状況で、僕が何とか精神的に盛り返したのは、「適当」「あきらめ」っていうフレーズでしょうか。自殺をしてしまうような人って、個人的な想像ですけど、あまりにも自分に高いハードルを課してしまう傾向があるんじゃないかなと思うんです。それをクリアできずに苦悶してしまう。

 今回の集団自殺でも、就職で悩んでいた人が多かったようで。かたやフリーターや、あるいはホームレスの人たちでも朗らかに暮らしている人もいる。悩みも気の持ちようだったり、環境を変えることによって悩みが無くなったりするとは思うんです。自分で悩んでいることは、他人にとってはなんてことの無いことだったりってことは良くあるんでしょうね。

 それでも気の持ちようなり、環境を変えることができないってことであれば、良い意味で「あきらめ」ることが肝心なんでしょう。やるだけやってもダメな時もあるし、イヤなことが重なる場合もある。完璧にいかないときもある。その時は、自分に対して寛容になるべきなんです。「やるだけやったんだ。仕方ないんだよ。こういうもんさ」と。

 そう思うことは、一見ネガティブにも見えますけれど、何の結果についても、どうなるかを自分自身が決められるものではないですし、決められかたは千差万別。一方で良いと思われても、もう一方ではダメだと言われることもある。だから、「仕方ないよ。なるようになるさ」ってのは間違いじゃない。単に巡り会いの問題だったりするわけですよ。

 …あれ、自殺のことを書いて、落とそうと思ったところに落ちなくなってきちゃったな…(苦笑) ま、とりあえず自殺をするのは良くないよ、ということで、一時期ドヨーンとしたことのある僕からの提言でした(笑)。

 ホントは、2002年12月14日の日記で書いた内容に落とそうと思ってました(笑)。命は自分のものではないんじゃないかって話にしようと。ただ、話があらぬ方向に向いてしまったので断念(苦笑)。

 ただ、「耐えろ」だとか、「次頑張れよ」とかっていう何気ない言葉ってのも、かなりのプレッシャーになっちゃったりするんでしょうね。難しいもんです。

ショー@オーナー
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