アンコールは何だ!?
すぎやまさんからの「アンコールをやる」という一言を受けて、会場内が盛り上がっているのだが、それに追い打ちをかけるような言葉がすぎやまさんの口から聞こえた。
「今回は、ドラゴンクエストのコンサートで初めてドラゴンクエスト以外の曲を演奏します!!」
この一言には会場内もどよめいた。予想だにしなかったことだったからだ。ドラゴンクエスト以外の曲で、いったい何があるのだろうと思われた方もいらっしゃったかもしれない。
「さあ、何だと思いますか?」
勘の良い方は『たぶんこの曲ではないかな』と気づかれた方もいらっしゃったかもしれない。私も勘が良かった方で、実の事を言うと、コンサート前にはある程度想像がついていたのだ。
「『亜麻色の髪の乙女』やります!」
そう、最近リバイバルでCDが売り出され、大ヒットしているナンバーを演奏するのだ。会場からは『オー!?』というような、どよめきやら歓声やらで、沸きに沸いた。
「この曲、僕の作品だって知ってた?」
すぎやまさんのこのひと言には、「もちろん、知ってますよ〜」と受け答えしているような感じで会場内から拍手が起こった。
「この曲を島谷何とかさんって方が、歌われているんですが、そのメロディが…… あー… うん… フルート! ちょっと少しだけメロディーを演奏してくれる? うん、そう。出だしから!」
まず、「島谷何とかさん」という部分で会場から笑いが起こった。その後、すぎやまさんがちょっと考えられた後、フルート奏者の方に少し、メロディを演奏してくれるように頼まれていた。
♪亜麻色の〜長い髪を〜 風がや〜さしくつつむ〜♪
フルートの音色が会場内に響き、それに対して会場から暖かい拍手が送られたのだが、島谷ひとみさんのマキシシングル『亜麻色の髪の乙女』を良く聴いていらっしゃる人は、「おや?」と思われるメロディがあったのではないだろうか。その点については、すぎやまさんがこの後に説明された。
「『♪亜麻色の〜長い髪を〜 風がや〜さしくつつむ〜♪』 この『レ・ファ・ミ(さしく)』の部分を、島谷ひとみさんの方は『レ・ミ・ミ』で、同じ音程で歌ってしまってしまっているんですよ(苦笑)。この『レ・ファ・ミ』の部分は、それなりの考えがあって音を変化させていたんですが…(苦笑)」
すぎやまさん、苦笑いされながらも非常に残念そうに、しゃべり続けられた。
「しかも、その曲を耳コピーして楽譜にしているものだから、その間違ったメロディの楽譜ばかりができてしまってね…(苦笑) そこの部分を正しくやってくれたのが、長野でこの間あった例の偽もの…(笑)」
会場はこのひと言に大ウケだった。長野県のとある街で、ビレッジシンガーズのメインヴォーカルである清水道夫さんになりすまし、町のカラオケ大会で堂々と『亜麻色の髪の乙女』を熱唱する様子が全国に放送されていたこともあり、こんな話が出てきたのだろう。ちなみに、この偽者、かなり歌がうまかった。偽者が曲を正しく歌って、商品として出されているものは間違っているというのは、非常に皮肉なものだ。すぎやまさんは、この件に関しては非常に苦い思いをされているとのことだが、そこを笑い飛ばしてくれた部分に、すぎやまさんのパワーを感じる。
「しかし、今日はこの神奈川フィルハーモニー管弦楽団の皆さんが、正しいメロディで美しく歌ってくれますので、じっくりと聴いてみてください!」
その一言に、会場から大きな拍手が起こったが、その拍手が鳴りやまないそばから、すぎやまさんは右手に持ったタクトを振りかざし、臨戦態勢に入ろうとしていた。
・亜麻色の髪の乙女 オーケストラヴァージョン
今回のオーケストラアレンジは、ヴィレッジシンガーズが歌っていたオリジナルをベースに組まれており、前奏は綺麗な弦の響きから始まった。会場に来ている若い多くの観客にはあまり聞き慣れないものだったはずだが、それにしても美しい音色を響かせてくれる。すぎやまさんのオーケストラアレンジは、オリジナルを超え、よりなめらかに、より優雅に、そしてより優しい音色で、私たちにそのメロディを届けてくれるのだ。しかも、そのメロディがちゃんと主張している。そして、神奈川フィルの方々が、身体全体を動かしながら演奏を行うことによって、目からもその音を味わえる。これまで、ポップスの曲をオーケストラにするのはすぎやまさん自身、あまりやられていなかったのではないかと思うが、ヴォーカルが入った曲とはまるで違うと言っても良いほど、それほどのインパクトを受けた。アンコールにしては非常に贅沢な曲だった。
「亜麻色の髪の乙女」の演奏が終わり、会場からひときわ大きな拍手がわき起こる。すぎやまさん、会場に頭を下げながら、舞台袖へ戻られていく。もちろん、すぐにステージ上に戻ってきた。「続いて、もう1曲、ドラクエ以外の曲をやろうと思います!」
このひと言に、また会場から大きな拍手が。
「さあ、何の曲だと思いますか?」
会場から、「恋のフーガ」とか、「学生街の喫茶店」といったすぎやまさんの代表曲を挙げる声がかかる。そして、もう1曲、声がかかったのだが、すぎやまさんがその声を良く聞き取れずに…
「えっ? 何?」
と聞き返すと、大きな声でこんな返事が…
「競馬!!」
会場内、この一声に、非常に沸いて、笑い声も聞こえた。すぎやまさんの中央競馬のファンファーレはまさに代表曲にふさわしいのだが、それをストレートに「競馬!!」と表現されたので、笑いのツボを刺激された方も多かったのではないだろうか。すると、すぎやまさんは神奈川フィルの方に向かってひと言…
「金管(楽器)のみなさん、今度譜面を用意しておきますので、次回お願いしますね!(笑)」
これまた、会場内大いに沸いた。次回のコンサートではもしかしたら競馬のファンファーレを聴く事ができるかもしれないというわけだ。
「うーん、それにしてもみんなハズレですね〜」
ちょっと残念そうにすぎやまさんが言葉を発した直後、会場内の女性たちが一斉に…
「花の首飾りっ!!」
と、大きな声を声をかけた。
「おっ!? 当たり!!」
すぎやまさんはやっと答えが出てきて、少し嬉しげな様子だった。
「そう、『花の首飾り』をやります。この曲は、去年あたりに井上陽水さんが歌ってくれたので知っている方も多いかなと思います。この曲も30年くらい前の曲で、ドラクエともども、僕の作曲してきた曲は長生きしているわけです。僕も、曲に負けないように、長生きしていければなあと思っています!」
もともと『花の首飾り』はザ・タイガースが歌ったのがオリジナルなのだが、その後井上陽水さんが同曲をカバーし、CMの挿入歌になっていたのだ。そのため、純粋なドラゴンクエストファンでも、耳にしていた方も多い曲だろう。
にしても、本当にすぎやまさんの楽曲は息が長い。いや、息が長いというと失礼かもしれない。本当にすばらしい曲というのは、時代を越えて愛されるものであり、常に息づいているものだろう。時代の流行を押さえるのではなく、時代の流れを読み、本質を押さえながら作曲されているからこそ、長く愛されるものだと私は考えている。そんな曲を作り続けているすぎやまさんには脱帽だ。それと、年齢については、先ほども述べたことではあるが、体調に気をつけながら、これからもどんどん頑張って頂きたいと思う。まだまだ、すぎやまさんの曲を聴きたい、聴き足りないファンが大勢いるわけで、これからもパワフルに活動される事を切に願っている次第だ。
「それでは演奏しましょう!」
すぎやまさんは、そういわれてフィルの方に向き直った。
・花の首飾り オーケストラヴァージョン
この曲も非常に美しかったのだが、私の記憶力が乏しくもうすでに思い出す事ができない。どうも、ゲストコンサートマスターの朝枝さんのソロの部分があったようだ。そう言われると、その記憶が少しだけ戻ってくるような気がする。それでも、やはり『亜麻色の髪の乙女』の時にも書いたように、ポップス系の曲をオーケストラにすると、メロディが非常に立っているのに、優しげな音色になるのだなという発見があったのが印象に残っている。
もちろん、この『花の首飾り』の演奏が終わった後にも、大きな拍手が会場から起こったのはいうまでもないだろう。