後半を征く

「海図を広げて」が終わると、会場からこれまた大きな拍手が送られる。指揮を終えたすぎやまさんは、マイクを手に客席に振り向いて話し始められた。

「どうもありがとう!!

次の曲も新曲となります。『ピサロ』という曲です。『ピサロ』というキャラクターはどちらかと言えば悲劇的な人物で、最愛のロザリーを失ったりして、激情に駆られ、悪魔の王として前へ突き進むようになったりするわけです。プレイステーション版の『ドラゴンクエスト IV』が作られる際、このキャラクターに対して新しく曲を作り足す必要があるなと感じて、今回の収録となりました。

それではその『ピサロ』から、プログラム最後の『導かれし者たち』まで演奏します」

そう言い終わると、すぎやまさんはサッとタクトを手にオーケストラの方に向き直った。

・ピサロ〜ピサロが征く Pissarro
このピサロという人物は、魔族という身分ではあったけれど、ふとしたきっかけで出会ったエルフのロザリーと恋に落ちた。しかし、ロザリーがとある陰謀により殺されてしまい、それを人間の仕業だと思いこんでしまった彼は、悪魔の王として暴走しはじめるという、悲劇的な悪役だ。その彼をフューチャーした「ピサロ」と、その曲を行進曲風にした「ピサロが征く」の2曲が演奏される。

(ピサロ)
静かな出だしから、オーボエのソロで始まり、そのあとフルートのソロが続いてゆく。最初は穏やかで非常に落ち着いた曲調なのだが、ピサロの心情が揺れ動いてゆく様を表しているかのように、だんだんアップテンポになり、激しい曲調に打って変わる。

そして、「ピサロ」から「ピサロが征く」への曲のつなぎの部分が新たに書き足されており、この部分は非常に静かなメロディながらも、綺麗だったことを記憶している。

(ピサロが征く)
メロディは「ピサロ」と全く一緒だが、アレンジが違う。ホルンあたりで勇壮にメロディを吹き鳴らしており、全体的に力強いものになっている。そして「ピサロ」にあった、激しい曲調に移り変わる部分が、全体的な曲の力強さにうち消され、勇壮な行進曲へと移り変わっているのが非常にうまい。


「ピサロが征く」の演奏が終わると、ステージ左側の袖口から、譜面台を持った男性がトコトコと入場してきて、ゲストコンサートマスターの朝枝さんの前に譜面台を設置していった。そして、その前に朝枝さんが立たれ、すぎやまさんが「良いですか?」という感じで問いかけられたのに対して、にっこり笑って「どうぞ」というような返事を返されていたようだった。そう、ヴァイオリンのソロがあるのだ。

・謎の城 The Unknown Castle
この曲は、天空にあるといわれる空飛ぶ城へ主人公たちが行き着いたときに流れる曲だ。非常に荘厳な感じがして、それでいてとある気高い気品あふれる城内をイメージさせるような弦主体の曲になっている。

ゲストコンサートマスターの朝枝さんは、他の弦奏者の皆さんの伴奏に合わせながら、ヴァイオリンソロを弾きこなす。この曲を生で聴いていて思ったのだが、この曲は弾きこなすのがかなり難しい曲なのではないだろうか。非常に音が高く、微妙な音域が多いようで、高音域を弾かれる朝枝さんは、左手をかなり縮めながら、力と感情を込めてヴァイオリンを弾かれていた。その場面は私にとってかなり印象的だった。また、一本のヴァイオリンにて、和音を奏でるというのも非常に感動的だった。そして、ソロ部分が終わった後は、自分の席に静かに戻られて、続きの演奏をされていた。

当初、私が「ドラゴンクエスト IV イン・ブラス II」を中学生あたりの時に聴いて、それだけで満足してしまい(いろいろ作品があるとは当時知らなかった)、その作品に収録されていなかった「謎の城」という曲については、恥ずかしながらつい最近まで知らなかった。しかしながら、今回のコンサートを体感することによって、その記憶の穴は埋め合わされたのではないかと個人的には思っている。

・栄光への戦い Battle for the Glory
大魔王に挑むまでの幾多の戦いを表す楽曲群。「戦闘」「邪悪なるもの」「悪の化身」という3曲で構成されており、通常の戦闘曲、中ボス曲、ラストボスの曲とつながっていくわけだ。また、この戦闘の曲というのは、ゲーム中では流れる頻度の高いもので、ドラゴンクエストをある一面を表している曲だと評しても良いのかもしれない。

(戦闘)
金管楽器と弦楽器が中心となって、オーケストラ全体の迫力が楽しめる曲だ。アップビートで、個人的にはドラゴンクエストの中ではかなり好きな部類に入る曲。本当にテンポが速いのだ。特に木琴(シロフォン)が非常に素速い音色を聴かせてくれる。

(邪悪なるもの)
今度は打って変わって、金管楽器のスローテンポの恐ろしげな曲に変わる。何か、"邪悪なるもの"が徐々に膨れあがっていくさまを表しているような感じだが、常に低音を維持しており、その膨れあがるものを体内に蓄積されていくのを感じる、そんな曲である。

(悪の化身)
そして、その体内に蓄積されていた膨れあがるものが外に放出されたような形で曲が始まる。静かなる激情の始まりといったところだろうか。この曲で表現されている、ゲームのラストボス(ピサロのことなのだが…)は、この時点で自らの意識を失い、自分を制御できずにいた。その部分を表しているのか、一定のリズムで淡々とメロディが流れていくような雰囲気がある。そして、悪の化身が変態し、姿を変えても、力強いメロディが含まれているものの、これまでのラストボスの曲とは違い、「力と力のぶつかり合い」でもなく、「弱き人間どもを血祭りにあげてやる」でもない、大きな抑揚が少ない、何とも不思議なラストボスの曲となっている、と私は思う。

・導かれし者たち Ending
そして、最後の曲である。導かれた者たちが集い、邪悪なるものと対決し、見事撃破するさまを、曲の出だしのホルンやヴァイオリンなどが力強い音色で言い表してくれる。

その後、フルートなどがこれまでの旅を回想するかのように、静かで優しげな旋律を奏でる。そんな形のメロディが何度か繰り返され、その部分が何か仲間たち同士、別れを惜しんでいるかのような感じにも受け取れる。

そして、曲の最後はすぎやまさんの指揮にも熱がより一層入り、その両手とともに、音が鳴り響き、綺麗な音色を響かせ曲が終了した。


「導かれし者たち」のラストは、静かに弦の音色がフィードアウトしていくのだが、その最後の音が鳴り終わるのを待って、会場から大きな拍手が起こった。非常に盛大な拍手だ。すぎやまさんは、客席の方に向き、何度もお辞儀をしたり、あるいは神奈川フィルハーモニー管弦楽団の皆さんに、両手の親指を立てて「グッド!」と表現されたり、ゲストコンサートマスターの朝枝さんと握手を交わすなどをした。

拍手の間、何度か舞台袖とステージを行き来していた。舞台袖では、すぎやまさんはコップを口にして、少し水分を補給されてたようだが、そこから出てきたすぎやまさんをふと見ると、「導かれし者たち」の指揮で、激しい指揮をされていたこともあり、少し髪型が乱れているようだった。それほど、力を込めたものだったのだろう。

そして、ステージ中央ですぎやまさんは、マイクを取られ客席に向かって笑いながらひとこと言われた。

「今度は、アンコールをやります!!(笑)」

会場内からはヤンヤヤンヤの大喝采が起こっているのは、想像に難くないことだろう。

 

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