His Favorite Music
DVDの話題に続いて、久石は話を続けはじめた。
「えー、残りの曲目が2曲となってしまいましたが、このコンサートの直前、このチェロであらかじめレコーディングした曲があります。NHKで放送されている芸術…… (ピアノの上に置かれてあった資料を見返す) ……NHKの『世界美術館紀行』という番組のテーマ曲を作りました。…どうも、以前に同じNHKの『日曜美術館』という番組のテーマを作ったせいか、タイトルが混同してしまうのですが…(苦笑) このテーマ曲、なかなか良いものに仕上がり、個人的にも非常に好きな曲です。せっかくだからみなさんに聴いていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
会場から一斉に拍手が送られる。
「それではっ! 演奏しようと思います」
そう言うと、久石は指揮台前に陣取り、楽譜を用意しはじめた。チェロアンサンブル用の楽曲なのである。
・題名未定 〜NHK番組『世界美術館紀行』テーマ曲より〜
久石譲の指揮により、チェロの壮大な音が目の前で繰り広げられてゆく。個人的に感じた部分としては、序盤はゆったりとして、なおかつ壮大なチェロの音色が空間を流れていくというものだった。後半あたりなどは、多少アップテンポしつつ力強く演奏がなされたり、ちょっと間奏的に軽めのメロディになったりという場面があった記憶がある。また、非常に長い曲だった記憶もあるが、初めて聴いた曲でもあり、ハッキリと覚えていないのが悔やまれる。この点については、後日、東京公演を収録したDVDが発売されるので、そちらで確認していただきたい。『世界美術館紀行』のテーマ曲が鳴りやむと、久石譲及びチェリストの面々に対し、暖かい拍手が送られた。すると、プログラムの終わりを飾る2曲を演奏しはじめた。
・la pioggia 〜映画『時雨の記』より〜
『風のとおり道』の時と同じように、久石譲のピアノとコンサートマスター近藤貴志のチェロとの二重奏から演奏が始まった。この楽曲は、澤井信一郎監督がメガホンを取った『時雨の記』という映画のメインテーマとして使われている。この『la pioggia』とはイタリア語で「雨」を意味しており、そのしっとりとしたメロディから『la pioggia』は非常にピアノとチェロとの相性が良く、過去のコンサートでも幾度か演奏されている。今回のツアーでメインのコンサートマスターを務めている弟の近藤浩志は、非常に音を溜めて力強い演奏をしているのに対し、この郡山でのコンサートマスター、兄の近藤貴志のチェロの独奏は、流れるように音が奏でられていたように記憶している。
楽曲を演奏しているさなか、コンサートマスターの近藤貴志の譜面台から、楽譜がフッと落ちてしまった。しかし、そんなトラブルにも慌てる素振り無く、演奏の合間に楽譜を譜面台に拾い上げて、堂々と演奏をし始めるところが印象に残っている。多少のトラブルにも動じないところがプロのプロたる所以なのだろうか。
楽曲途中から、他のチェリストの演奏も混ざり、壮大なラストで演奏が終わる。
・Tango X.T.C. 〜映画『はるか、ノスタルジィ』より〜
軽快なタンゴ調の響きが、ホール内に繰り広げられる。この曲の元は大林宣彦監督映画作品『はるか、ノスタルジィ』にて使用された『追憶のエクスタシー』という曲で、後にこの曲が発展し『Tango X.T.C.』になった。ちなみに、「X.T.C.」というのはエクスタシーと読ませる。これは、海外に同名のバンドがおり、久石がその名前に惹かれて曲のタイトルに使用したという経緯がある。タンゴ風のリズムに乗りつつ、ピアノとチェロが激しい音を聴かせてくれる。すると、不意にチェロを床に置いて、立ち上がるチェリストがいた。確か第3パート担当のチェリストだったと記憶している。いきなり弦でも切れてしまったのかと勘ぐってしまったが、全くそういうわけではなかった。後ろに備え付けてあったハイハットシンバルを演奏するために立ち上がったのだった。スティックを手に、軽快なリズムを刻んでゆく。ピアノとチェロとシンバル。一つの音が増えただけでも、また一つ世界観が広がるような感じがして、音楽のノリも一段と増していった。
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