ENCORE

曲が終わると、客席から盛大な拍手が送られる。さっと椅子から立ち上がり、コンサートマスターの近藤貴志と握手を交わした久石は、客席に向かい深々と頭を下げた。そして、その全身で拍手を受け止め、浴びる。何度か幾方向に対して頭を下げた後、ステージ袖に戻っていった。鳴りやまない拍手。そう、客席はアンコールを待っているのだ。拍手が鳴り出してからどのくらい経っただろうか、ステージ袖に戻った久石は再びステージへと戻ってくる。すると、ピアノの前に腰をかけ、アンコールを披露する準備に入った。


・TOTORO 〜映画『となりのトトロ』より〜
アンコールを望む観客の拍手が鳴りやむと、多くの人が耳馴染みをしているだろう楽曲がピアノとチェロの音色に乗って、私たちの目の前にやってきた。そう、宮崎駿監督映画作品『となりのトトロ』の主題歌である。前回のシンフォニックコンサートでは『青少年のためのオーケストラストーリーズ・となりのトトロ』という作品を創り出し、CD化もされた。しかし、アンサンブル形態のコンサートによる『となりのトトロ』は初めてだろう。これまで、コンサートで『となりのトトロ』を演奏されるのが非常に少なかったのだ。

静かな音色から始まり、徐々にテンポアップしていく。あの宮崎駿作詞の有名な歌詞が頭に流れ、口ずさみたくなるようなメロディ。「トットロ、トットーロ」と軽快に、でもしかし優雅にメロディが流れてゆく。

楽曲のラストは、『オーケストラストーリーズ・となりのトトロ』のもののアレンジから使われているようで、本当に元気良く曲の最後を飾った。


拍手がホール内を包む。久石譲はその場から立ち上がり、拍手を身にまといながら、観客に向かって一礼をする。続いて、今回の出演者の紹介がなされた。第一セクションから順に名前を読み上げる。呼ばれる度に拍手の波が強くなる。

そして一通り紹介が終わった後、また会場に向かい一礼をし、ホール内をなぜかゆったりと見回していた。何かを待っているような雰囲気にも見て取った方もいたようだ。

これは後から気づいたことだが、公演中に花束を渡す場面があり、主催者側から「アンコールが終わってから渡すように」との申し合わせが伝えられていた。おそらく、この言葉が主催者側と観客側双方に思い違いを起こさせてしまったようだ。観客側としては「アンコールの楽曲が全て終わった後」という認識だったのに対し、主催者側は「アンコールは基本的に1曲で、再アンコール、再々アンコールがある可能性があるとの立場からアンコール1曲目の後」という認識があったのではないだろうかと思う。そんな状況から、主催者側の演出目論見が見事外されてしまい、期待をしたシーンに花束を渡す演出ができなかったというような形になってしまったのではないかと思われる。そんな経緯もあってか、東京の今コンサートツアー最終公演では、「アンコール1曲目の後に花束をお渡し下さい」との注意書きが会場にて掲示されていた。これはこれで、アンコールが暗に複数曲あることを示しているのだが、仕方ないところなのかも知れない。

久石は拍手の中、ステージ袖に退いたがすぐにステージ上に戻ってきた。カーテンコールで、客席に応えて再び頭を下げた後、ピアノの前に腰を据えて演奏体勢に入った。


・Madness 〜ソロアルバム『MY LOST CITY』より(映画『紅の豚』挿入曲)〜
元々は久石譲のソロアルバムに書き下ろされた楽曲だが、この曲をいたく気に入った宮崎駿監督が同監督映画作品『紅の豚』に使えないかと打診し、映画中の飛行艇のスピード感あふれる離水シーンで使われた。非常に力強く、アップテンポな曲である。チェロの音を響かせる弓が右へ左へと激しく踊り、またシンプルなピアノのメロディが力強い音色により久石譲の指先より発せられる。

この曲は久石ファンには非常に馴染みの強い曲で、最近のコンサートでは演奏されなかったことはまず無いのではないだろうか。久石本人も非常に気に入っている曲のうちのひとつだということもあり、コンサートの最後やアンコールでよく演奏される。この「Madness」の良いところはとにかくパワフルだということだろう。特に曲のラストでそれぞれの楽器が出しうる音量を爆発的に「ジャン!」と鳴らして締めるあたりが、聴いている観客としても、また演奏しているプレイヤーとしても非常に気持ちいいものだろうと思う。

今回のコンサートでも気持ちの良いパフォーマンスを見せてくれた。力強いチェリストの弓の動き、そして最後に腕を跳ね上げるほどの力強い演奏で締めてくれるピアノ。

最後の音が鳴りやむと同時に拍手が間髪無く鳴り響く。ホールに集まった2,000人ほどの満員の観衆が拍手を送り続けている。

久石は立ち上がり、その拍手に応え、頭を下げる。すると、花束を持ってステージ上に歩み寄っていく観客が現れた。10人くらいだったろうか。思い思いの花束を差し出して、何かひと言を伝えながら握手を交わしてゆく。そんな私も花束を渡したのだが、やっぱり、いつものことながら滑舌が悪く、舌が回らなかった。それと、郡山市民文化センターのステージの高さが若干高めなので、花束を渡すときはホントに見上げるような形になってしまい、しかもちょうど天井につり下げられたライトと久石の顔が重なってしまっていた。この点は仕方のないことなのだろうが…

花束を渡す間も拍手が続き、何度かカーテンコールを受けつつ、久石譲その人は退場していった。終演である。

 

とにかく、このコンサートについては、横っ面を叩かれたような感覚があった。ソロアルバム「ETUDE -a Wish to the Moon-」のプロモーションを兼ねたコンサートだったわけなのだが、コンサート前にこのアルバムを聴いた感想は、「ちょっと今までと違うな」という感じで、私個人としては違和感を覚えるような感覚だった。どうしても映画から音楽を感じるという部分が私としてはウェイトが高かったため、ほとんどが新曲であることも重なり、そういう風に思ってしまったのかも知れない。

しかし、このコンサートでその感覚が吹っ飛んでしまった。特に「ETUDE」からの楽曲がとにかくパワフルでかっこよく思えた。覚えている限りで比較をすると、先ほども述べた点だが、ピアノのタッチがコンサートの方が強かったように思う。どうしてなのかを分析すると、やはり「ETUDE」というタイトルどおり、アルバムの中では楽曲をお手本のように、華麗にうまく弾きたいという思いが久石譲の中にあったのではないだろうか。そのために若干、いつものピアノタッチよりも弱くなったと思われる。逆にコンサートでは、楽曲を弾くのに慣れてきて、本来のタッチの強さが戻ってきたのだろう。非常にうまく弾きこなされていたように私には感じた。

それと、やはりホールで生の音楽を聴くという情報量は圧倒的なものがある。CDはいわば表面的な音を表現するしかない。しかし生で音を聴くということは、音を聴くという行動以外にも、音を感じたり、音を奏でる様子を観たり、雰囲気を感じたり…… さまざまな角度から、五感を活用して楽しむことが出来る。その圧倒的な力から、「ETUDE -a Wish to the Moon-」へ与えるインパクトは強かったように思う。まさに、プロモーション成功と言っても良いのではないだろうか。

ちなみに、このコンサートツアーの最終日を飾る東京公演の様子がDVD発売されるということなので、アルバムと聴き較べしてみるのも良いのかもしれない。何かの発見があるのではないかと思う。

 

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