新曲に挑む
「馬車のマーチ」が終わると、例外なく一層大きな拍手が会場を包む。やはりなかなか拍手がやまない。その拍手の間を縫うようにすぎやまさんは話し始められた。
「どうもありがとうございます!!
えー、テレビゲームも、ファミコンからスーパーファミコン、そしてプレイステーションなどなどと、時代とともに進化してきました。それとともに、ゲームの話が大きくなり、メモリ(容量)も増え、もちろん音楽を入れるデータ量も大きくなったわけです。
そういうことになると、次第にゲームの曲数が増えていくわけですが、あまりにも曲を多くしてしまうと、曲の印象が薄くなってしまいます。『あれ? こんな曲、流れてたっけ?』というようなことになってしまったりとか。
『ドラゴンクエスト I』なんかは曲数が少なかったから、フィールドで流れる『広野を行く』なんて、何度もゲームをプレイしているとメロディを覚えてしまって、口ずさむことができちゃうんですよね。それで、『 III 』あたりで、再びこの曲が流れる場面が来たりすると、『 I 』の情景を思い出してゾクゾクッとくるわけですよ。
で、『ドラゴンクエスト IV』のプレイステーション版を作る際に、新しい曲を2曲作り足したわけなんですが、この曲は僕自身が、必要があるなと考え、納得した上で作った曲なんです。
それでは、その新しく作った曲を前半の最後の曲とします。この曲は初演となります。まだどこでも演奏をしていません。それでは、『難敵に挑む』です!!」
ゲームの進化によって、音楽をいかにするべきかというすぎやまさんのコメントは、その実力の片鱗を感じさせるものだと思う。音楽に使えるデータ量が多くなったら、曲数を増やすか、生の音を使うかと単純に考えてしまいがちだが、計算をして各楽曲が作られているのだろうなと改めて感じさせるコメントであった。
しかし、そのコメントの最後、次の曲の紹介で曲のタイトルを間違われてしまった。『難敵に挑む』ではなくて、正しくは『立ちはだかる難敵』だった。さすがに多くの曲を作り出しているすぎやまさん、他の曲名と混同してしまったのだろう。
・立ちはだかる難敵 Tough Enemy
すぎやまさんがおっしゃったとおり、どこでも演奏されていない、「世界初演」の曲である。ゲーム上では何度か流れたものを聴いた方がいらっしゃるだろうが、生のオーケストラでどのように鳴るのか、非常に興味があった。この曲は、モチーフとして通常の戦闘曲(「栄光への戦い」の中の「戦闘」という曲)を使っており、メロディラインがこの曲を踏襲している。それにしても、ドラムがバンバン効いており、非常に激しい曲だ。そして、曲中にティンパニがメロディを奏でる部分があるのだが、ティンパニがカバーできない音をトロンボーンなどが補うという離れ業をやってのけていた。このティンパニからトロンボーンへメロディが流れていく様は圧巻というしかない。また、ティンパニ奏者の方が、大変かっこよく演奏を決めてくれる。しかしながら、惜しむらくはちょっとパーカッション(ドラム)奏者の方が焦ってしまわれたのか、一部分で音が抜けてしまった部分。生演奏は失敗することもあるわけで、その辺も生演奏の良さなのかもしれない。
そんな若干の演奏ミスがあったわけだが、会場内は大盛り上がりで大きな拍手に沸いている。すぎやまさんはティンパニ奏者の方に向けて両手の親指を立てて「最高だったよ!」というようなジェスチャーをされ、またティンパニ奏者の方にも観客の私たちに対して拍手を促していた。初演の曲で、しかも前半ラストだったということもあり、ティンパニ奏者の方はじめ、神奈川フィルの皆さんや朝枝さん、すぎやまさんに対しての拍手のヴォリュームが一向に下がらない。全く下がらない。大きな拍手の中、一旦舞台袖に退場されたすぎやまさんは、あわててステージ上へと戻って、マイクを持ちひと言。「アンコールは、今はやらないよ〜(笑)」
会場から笑い声が響いたが、やっとこの一言で会場の盛り上がりがクールダウンしたかのようだった。ゲストコンサートマスターの朝枝さんと神奈川フィルハーモニーの皆さんを拍手で舞台袖に送り出して、やっと休憩となる。
休憩中はみぎーさんたちと少ししゃべっていた。すぎやまさんがタイトルを間違えてしまったことや、「立ちはだかる難敵」の感想や、前半中のすぎやまさんのコメントについての話題で持ちきりだったと記憶している。
そういうことで、あっという間に時間は過ぎ、後半へ突入と言うことになる。