開演〜千と千尋の神隠し組曲

大きなオルガンが立ち構えるホール内

さて、時計が午後7時を幾分か過ぎた頃、徐々に会場も静かになり、いつの間にか、ステージ上で練習をしていたフィルのメンバーも消え、その雰囲気がいよいよ始まるコンサートの緊張感を伝えていた。場内放送で、開演が伝えられ、程なくすると、新日本フィルハーモニーの方々がステージ両袖の入退場口から揃って入場される。その間、会場内から暖かい拍手が送られた。

フィルの方々がそれぞれ着席されると、第1ヴァイオリンを担当するコンサートマスターの男性が立ち上がり、会場に向かって一礼をされた。開場から再び割れんばかりの拍手が起こる。その拍手が一段落すると、コンサートマスターはスタインウェイのピアノの鍵盤をポンと弾いた。その音に合わせて、フィルのメンバーが自らの音を調整していく。それが終わると、会場内にまた静寂のひとときが戻ってきた。

どのくらい経っただろうか… すると、舞台袖の入り口が開き、久石譲その人が入場してきた。続いて指揮を担当する金さんが入ってこられた。一段と強い拍手が巻き起こる。強い拍手が会場内を渦巻く中、コンサートマスターや指揮の金さんに固い握手を交わした後、会場に向かって深々と頭を下げた。一段と強まる拍手。その拍手の嵐の中、久石さんはスッとピアノの前に腰を下ろした。

サッと拍手の音が引いて、また静かな時間が過ぎる。その間、久石さんはピアノの鍵盤をジッと見つめている。気持ちの中の高ぶりが熟すのを待っているように… そして、また今度は目を閉じた。自分に暗示をかけているのだろう。「オレは出来る。世界一だ」とでも……

その傍らで指揮台に立っている金さんが久石さんのアクションを待っている。

「じゃ、行きます!」

小さな声ながら、はっきりした声で久石さんはうなずきながら金さんにそう伝えた。さあ、スタートの一曲が始まる。

・あの夏へ 千と千尋の神隠し組曲より
まず最初は宮崎駿監督の大ヒット作『千と千尋の神隠し』のナンバーから、映画の冒頭を飾る曲が、同じようにコンサートの冒頭を飾った。

あの映画の最初の曲が、会場内に響き渡る。非常に力強く、また柔らかいピアノの音色だ。サントラのヴァージョンでは、優しいピアノの音色なのだが、今回のコンサートではその音色が非常に力強くなっているように感じた。久石さんの表情にも非常に力が入っている。曲に入り込んでいる表情と、力を込めて弾いているための表情が混ざり合ったような、いわゆる般若のような形相で弾かれている。間近で観た私にはそう感じられた。このように曲へ入り込んで弾かれている姿に惹かれている部分もあり、それが目当てで生のコンサートで曲を聴くといった意味合いもあるのかもしれない。

しかし、最初の曲からこんなに飛ばして良いものなのかと、少々心配になった。「ピアノを弾く」という感じよりも、「鍵盤を押し込んで強い音を鳴らす」といったような弾き方と表現すれば良いだろうか。私自身、力強い音色が好きなため、非常に好みにあった演奏なのだが、この辺は少しだけ引っかかっていた。しかし、このことはコンサート後半の久石さんの話から明らかになる。

とにかく久石さんのピアノが続く。出だしの和音から、右手だけでメロディの演奏をする部分があり、その辺りなどもその力強さがハッキリと出ていた。本当に力強い。オーケストラに全く負けていない音色だ。この後、徐々に曲調全体が強くなり始め、オーケストラ全体の音がホール内に鳴り響く。やっぱり生のオーケストラの音は違う。迫力がある。音が迫ってくるような感じで、足下の床もその音量で震えていたくらいだ。ただ、惜しむらくは席の関係で直接音を浴びることが出来なかったこと。やはりそこまでは欲張りか…

オーケストラの音が綺麗に鳴りやむと、一斉に拍手が鳴り出した。会場の観客に向かって、座りながら軽く会釈する久石さん。そのまま次の曲へ…

・竜の少年〜底なし穴 千と千尋の神隠し組曲より
ミニマルミュージック(※1)っぽいピアノのフレーズから始まる。サントラだとハープから曲が始まっているようだが、コンサートヴァージョンということで、曲全体が大幅に付け足され、アレンジされ直されていた。「底なし穴」の後半などはサントラには全く収録されていなかったはずだ。小気味良いテンポの演奏が続き、久石さんも曲にノリながらピアノを弾いている。"ジャン!"という音で曲が終わるとともに、久石さんが左手で「よしっ!」と小さくガッツポーズをしたのは見逃さなかった。聴いている私にも、「決まったっ!!」というような感じが伝わってた。この日はコンサートの間、終始、久石さんはフィルの方々や、金さんに向けてにこやかな表情を向けられていた。今回のパフォーマンスが素晴らしいものだということの表れであろう。

※1 ミニマルミュージック
同時にいくつかの短いフレーズを繰り返し演奏し、それを徐々にズラしていくことによって生まれる音楽の総称。元々はアフリカ民族音楽に由来する。

・6番目の駅 千と千尋の神隠し組曲より
静かな出だしから始まるこの曲は、映画のCMなどにも使われた優しげで、でも少し寂しいメロディの曲だ。映画の中では、6番目の駅に向かうため、千尋とカオナシが電車に乗っている場面に使われている曲だったろうと思う。この曲もサントラとはまた違ったアレンジが施されていた。

・ふたたび 千と千尋の神隠し組曲より
映画の最後の場面に流れる曲だ。この曲は元々「千尋のワルツ」というタイトルがつけられてあって(『同イメージアルバム』より)、そのとおり、この曲は3拍子の曲となっている。ヴァイオリンが静かに音色を醸し、そこにオーボエのメロディーが入り込んでくる出だしとなっていたはずだ。そこに久石さんのピアノが絡んでくる。序盤はゆったりとした曲想で進んでいくが、中盤の盛り上がる場面ではオーケストラの強さがものすごく感じられた。普段、CDでしか聴かれていない方には一度、生のオーケストラで聴いていただきたい、そう思う。音が自分に迫ってくるような感覚を覚えられることだろう。もちろん、この曲が終わった直後、盛大な拍手が久石さん、金さん、新日フィルの面々に送られたのはいうまでもない。

ただ、コンサートの前半では、ほんの少しだけ拍手のタイミングが早いように感じられた。これは致し方が無いのかも知れないが…

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