脱・癒し

『ETUDE』からの2曲の演奏が終わり拍手が送られると、久石はマイクを手に取りしゃべりはじめた。

「ピアノの練習を、楽しみながらできる曲は作れないかということを、2年前から考えて始めていました。ショパンのエチュードなんていうのは、コンサートでよく演奏されますからね。そんな中、ダンロップのCMのために、『Silence』という40秒ほどの長さの曲をまず作りました。だいたいCMは15秒から30秒程度なので、このくらいの長さで十分なんです。この、短い曲を作ったことによって、アルバムの方向性は何となく掴めました。

そこから徐々に曲を作っていたんですが、途中からピアノの練習曲として作るだけではダメだと思ったんです。ピアノを弾かないけれど聴いてくれる人がいる。やはり、その時代に沿った想いを曲に乗せなければならないなあと。

そこで思いついたのが『a Wish to the Moon』だったのです。月に願いをかけても、なかなか実現はしない。そんな難しい願いを心に持ち続けても、頑張っていれば必ず何かが起こる。何かが変わるんだという想いを込めてアルバムを作りました。

そして、レコーディングをしていったわけです。東京のオペラシティというところで、お客さんが全然いない中、6回レコーディングをしたんです。でも、最初の1回は音が決まらなくて1曲も録れなかった。表現したいピアノの音がなかなか見つからなかったんですよ。1回のレコーディングで数百万かかってしまうので、それをドブに流すような感じで…(苦笑) だから、ピアノ1本でレコーディングするより、オーケストラを頼んでレコーディングする方が安かったんです(笑)。だから、この『ETUDE』はピアノの音だけだから…なんて思わないでくださいね。会場でも売られているようなので、非常にコストパフォーマンスのよいアルバムになってしまいましたので良かったら聴いてみてください(笑)」

会場内、暖かい笑いと拍手に包まれる。

「話は変わるんですけれど、最近、僕のCDがヒーリングの棚に入っているようなんですが、これはあまり好きじゃなかったりします(苦笑)。『ETUDE』なんかはもちろん静かな曲もありますが、激しい曲も収録されています。別に癒そうとして曲を作っているわけではないんです。

癒しを求めたければ、まず自分で癒される環境を勝ち取らなければならないと思うんです。癒しは人から与えられるものではないですから。いや、別にそんな高慢なこと表現しようとしてアルバムを作っているわけではないんですが(笑)、そんな想いをのせて作ったアルバムなわけです。

それでは、続いて3曲、 『夢の星空』、『Bolero』、『a Wish to the Moon』… この『a Wish to the Moon』は、ビールのCMからの曲なのですが、これらを演奏しようと思います」


以前から、『癒し』という言葉に関しては、あまり良い印象を持ったコメントをされていない久石だが、この日も、一時的にブームにまでなった『癒し』について問題提起された。私も、このコメントにはハッとさせられた。「癒しを求めたければ、自分で癒される環境を勝ち取れ」…最近の風潮では、『癒されたい』という他人本位な感覚が持てはやされ、積極性が感じ取れる前向きな態度っていうのが見いだされないものだった。でも、自分の理想の生活を求めるなら、その環境を勝ち取ろうとする姿勢を作らないといけない。そんな想いの乗った曲だからこそ、単なるBGMでもなく、環境音楽でもない、独自の久石ワールドが氏の醸し出す音が繰り広げられていくのだろう。

 

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