The MOON

そうこうしているうちに、後半が始まる時間となる。会場の照明が落とされ、それと反比例するかのようにステージ上の照明が明るくなる。

そんなステージにチェリスト9人がステージの両袖から入場してきた。ふと、チェリストたちの姿に目を凝らすと、衣装替えをしており、スーツ姿にネクタイ着用というフォーマルな服装になっていることに気づいた。後半のステージは厳かに、あるいはクラシカルに進めるということの暗示なのだろうか。

またコンサートマスターの近藤貴志がピアノの鍵盤をたたき、それによってチェリストの面々がチューニングを行う。そしてチューニングを終えると近藤貴志が舞台袖に合図を送るという、前半のコンサートが始まるときのVTRを観ているかのような光景が目の前にまた繰り返される。

すると、同じように久石譲が入場してくる。またもや会場から力強い拍手が送られる。氏は笑顔でその拍手に対しながら、足早にピアノの前に座して、楽譜を並べるなど曲の準備に入った。

 

・Silence 〜ソロアルバム『ETUDE -a Wish to the Moon-』より〜
ふと、チェリストたちが久石の指揮で演奏をはじめた曲は、「Silence」ではなかった。有名なアメリカのジャズナンバー「ムーンライトセレナーデ」が演奏された。この曲はベルリンフィルの12人のチェリストたちが演奏し、CD化をしている。もちろん、久石の曲と同様、多くの方の耳になじんでいるメロディで、一度は耳にされている方も多いことだろう。私見だが、おそらく「ムーン(月)」というコンセプトの一面を表現するために、有名なメロディの一節を引用して、この作品の雰囲気を伝える意図があったのではないかと思われる。

この演奏が終わると、久石はピアノ前の椅子に着席し、早速「Silence」の演奏が始まった。もちろんのこと、曲の出だしはピアノソロから始まるわけだが、徐々にチェロの絡みも生じてくる。コンサート前には、「Silenceはピアノソロじゃないとダメだろう」と勝手に決め込んでいたのだが、予想を見事に裏切られた。非常にきれいなピアノとチェロの掛け合いが繰り広げられ、この時点で私自身が、作曲家かつアレンジャーの久石譲に敗北を喫したと表現してもおかしくはないと思う。

この楽曲に限ってということではないが、この後、後半の演奏は非常にパワフルに推移していく。個人的な解釈を述べさせていただくと、まずオリジナルのソロアルバム『ETUDE -a Wish to the Moon-』の演奏は、いわゆるピアノ演奏のお手本のような形で、非常にきれいな演奏を醸し出しており、これはこれでよい。しかし、やはり私としては、お手本ということを意識しすぎて、久石譲独特のタッチの強さというか、メロディの強さが若干殺されていたのではないかと思っていた。

しかし、この後半の演奏に関しては、非常に力強く、小気味よくそして気持ちのよい演奏が続いたため、この『ETUDE -a Wish to the Moon-』という作品の印象が全く様変わりしてしまった。簡単に言うと、「よい」という評価から、「素晴らしい」というものに変わったのだ。もちろん、この後のコンサートの演奏に関して、ミスタッチは若干あった。それを差し引いても、あまりあるパフォーマンスが披露されたと思う。久石ファンのみなさんにも、そうでない方々にも是非観ていただきたいコンサートになっていると、勝手ながら思うわけだ。ちょうどよいことに、このコンサートについては、東京会場での模様がDVDになって発売される予定になっているようなので、コンサートに行けなかった方も、そちらでチェックをしてみて欲しい。


・月に憑かれた男 〜ソロアルバム『ETUDE -a Wish to the Moon-』より〜
この曲はスタッカートのエチュード(練習曲)であるため、刻まれた音が曲中に多い。チェロとともに音を刻みながら、しかし流れるように曲は続く。

この楽曲の前半中、久石のピアノはどちらかというと伴奏に徹していた。また、演奏の合間にも、椅子からチェリストたちの方に半身を乗りだし、指揮をしていた。まさに、身体全体での楽曲演奏となる。

 

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