Quartet前半終了

千と千尋の神隠し組曲が終わり、盛大な拍手を送られた久石さんは、椅子から腰を上げ、再び会場に向かって深々と頭を下げられた。その拍手の中、また腰を下ろし、左手にマイクを持って喋りはじめられた。

「こんばんは、久石譲です。」

再び、会場から拍手が起こる。

「『千と千尋の神隠し』から4曲、聴いていただきました。『千と千尋の神隠し』はご存じの通り、おかげさまで大ヒットしています。昨日か… いや、一昨日だったかな? "千と千尋の神隠し大ヒット記念パーティ"に出席してきました。2,100万人の方に観ていただいているそうです。東京ドームでは年間400万人の観客の方々が入場するそうで、その何倍もの方が映画を観に来られたわけです。そんな映画に携わることができて、本当に誇りに思っています。」

『もののけ姫』もいろんな意味で"化け物映画"と言われたが、『千と千尋の神隠し』はさらにその上を行く好成績をあげ、あの難攻不落といわれた『タイタニック』を軽々と飛び越えてしまったのは、予想が難しかった。それだけに、あれだけのヒットは関係者としては喜びもひとしおだろう。

「この『千と千尋の神隠し』が公開されたのは夏場ですよね。そしてこの秋に私が初監督をした、映画『カルテット』が公開されました。秋口から公開したのですが、残念ながらお客さんの入りが悪く、木枯らしが吹く前にはもう終わってしまいました(苦笑)。でも、『カルテット』より先に公開されている『千と千尋』はまだ公開中なんですよ!」

会場からチラホラと笑い声が… というより、笑って良いのかちょっと会場内も困っている様子。あ、私自身は笑ってしまったが…

「はぁ〜あ…(笑いながら深いため息)」

このため息で会場内が大爆笑となった。一生懸命に作った映画が興行的に失敗に終わり、ちょっとガックリと来ているはずであろうが、それを笑いに変えてしまうのは反骨精神の表れであろうか。久石さん自身、「2勝1敗で行ければすごい勝率ではないか」という言葉を、とあるテレビ番組で語ったことがある。何事も失敗することはあるから、失敗を長い間悔いることは無いのであろう。

「私が監督した『カルテット』は映画音楽です。音大生がいい加減にカルテットを組むというところから映画が始まります。音大が舞台なので、様々な曲を作りました。

今回、まず演奏する"Black Wall"は現代音楽がちょっと入っています。その次の曲"Student Quartet"はモーツァルトばりばりの曲です。そして"Main Theme"と続きます。

映画の中でも演奏しているシーンがあって、オーケストラが演奏しているところは、この新日本フィルハーモニーの方々が演奏しています。指揮も俳優さんが出ている場面がありますが、実際に指揮を振っているのはここにいる金さんです。ここに袴田吉彦扮する相葉明夫がコンサートマスターとしていれば、まさにデジャヴなわけです。」

私自身この話を聞いて、実際にこの場にいる新日本フィルハーモニーのコンサートマスターがどんなことを思っているのか少し気になった。表情を見る限り、別に何も思ってなさそうだったが、私だったら「あれ、自分は邪魔なのかい?」と突っ込んでしまいたくなる。また、会場に袴田さんが来ていらっしゃった訳だが、袴田さんも「オレが行った方が良いのか?」なんて… まあ、思うはずは無いだろうが…

こんな話をされている中、舞台袖から一人の男性がトコトコとやってきて、ピアノの上蓋を閉めている。突然の事なので、なぜそんなことをするのか、分からない方もいただろうと思う。

「最初の曲は私の出番がないので、舞台袖で聴いています。」

そう、ピアノの出番がないので、蓋を閉じていたのだった。

「それでは、金洪才指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏による"Black Wall"、お聴き下さい!」

盛大な拍手とともに、久石さんは舞台袖に下がっていった。フィルの方々と、指揮の金さんだけで演奏が始まる。

・Black Wall Quartetより
曲としてはサントラと同じアレンジで演奏がなされていた。オーケストレーションは三宅一徳。この方は2000年春のサリン事件のチャリティーコンサートでも一部、編曲を担当され、また「Le Petit Poucet」などにもオーケストレーションとして参加されている。

『Quartet サウンドトラック』ではこの曲だけがオーケストラアレンジがなされている。主人公の袴田さん扮する相葉が、一時は一流オーケストラのコンサートマスターになろうとしたが、その後悩み、仲間と一緒に、弦楽四重奏のコンサートに参加しようと思い直しているシーンで、相葉が一流オーケストラとともにコンサートで演奏している楽曲として映画中にこの曲が流れていた。

指揮の金さんはやはり力強い指揮を披露している。右に左にタクトを振り、うまいタイミングでフィルの方々に指示を与えているのが印象的だ。どちらかというと不安定な曲調のため、指揮も難しいだろうし、また演奏も難しかっただろう。それでもサラリとこなしてしまうのはやはりプロたる所以か。フィルのみなさんは、初めて見た楽譜でもすぐに譜読みして、演奏できるということを聞いたが、私には全く想像が出来ない世界である。この曲中、残念ながら私の席ではピアノが邪魔でなかなか金さんの姿が見れなかった。それがちょっと残念だ。

曲が終わり、観客席から拍手が鳴り響く中、久石さんは手にスコアを持ってやってきた。そして指揮の金さんと軽くバトンタッチを交わして、金さんは舞台袖へ。そう、次の曲は久石さんが指揮を執るのだ。

・Student Quartet Quartetより
題名の通り、学校で演奏されるような、ご自身のおっしゃるとおり、モーツァルトを意識した曲に仕上がっている。この曲は元々カルテットのために作られているため、今回はそれをオーケストラ用に編曲してあった。全体的に綺麗な、ゆったりとしたアレンジになっていたと思う。それにしても、やはり注目は久石さんの指揮だ。手にはタクトを持たずに、フリーハンドの指揮をしていたが、最近のサウンドトラックなどの収録では久石さんが直接指揮を執っているので、ある程度こなれてきた時期なのではないだろうか。指揮の取り方としては非常にオーソドックスな形だったと思う。2000年春のサリン事件チャリティーコンサートでの久石さんの指揮者姿を見ているため、さほど違和感が無かった。コンサート前にも、久石さんが指揮されるのではないかということをある程度、予測はしていたことでもあったのだ。肝心の久石さんの指揮は、教科書の通りの振り方ではあるが、体を左右に揺らしながら、的確にフィルに指示しており、上手だったと思う。感じとしては、佐賀公演で急遽登板した指揮者の曽我さんのような指揮ぶりなのかも知れない。ただ、やはり振り方がパワフルだった。

「Student Quartet」が終わり、拍手が続いている中、ピアノの上蓋を元の状態に戻し、再び金さんがステージ上に戻ってきた。久石さんも所定のピアノの前で腰を下ろし、次の曲が始まる。

・Main Theme Quartetより
曲の出だしは、まさに『カルテット』だった。第1ヴァイオリンのコンサートマスター、第2ヴァイオリン一人、チェロ一人、ヴィオラ一人だけで、演奏しはじめた。ワンフレーズをこのカルテットで演奏し、そこに久石さんのピアノが絡んでくる。この曲のオーケストラヴァージョンも初めて演奏されるもので、やはりサントラとは異なり、迫力がある。また個人的に『Quartet g-moll』のラストの部分が好きなので、この曲のラストにちょっと注目していた。サントラだとメインテーマの方はフィードアウトで終わっているが、今回はフィードアウトし終わった最後に「チャン」と、全弦楽器のピチカート(※2)が付け加えられていた。この辺で、若干拍手をフライングしかけた方もいらっしゃるのでは無かろうか。

※2 ピチカート(ピチカート奏法)
弦楽器の弦を指ではじいて音を出す奏法。

・Asian Dream Song
続けて次の曲が始まった。この曲は1998年の長野パラリンピックのテーマソングになっているが、元々は「Piano Stories II -The Wind of Life-」という久石さんのソロアルバムの中に収録されている曲だ。メロディ的にアジアを意識したようなものになっており、前回1998年のシンフォニックコンサートではアンコールに演奏され、好評を得た曲目でもあった。

実際の演奏だが、基本的に「WORKS II」に収録されているヴァージョンと大きな変わりは無かったように感じる。ただ多少、リズムや和音が微妙に変わっているようなそんな印象は受けた。しかし、やはりピアノのメロディラインは素晴らしいものがある。何とも言えないような、美しいピアノのメロディと、流れるようなオーケストラとのハーモニー、そしてまたその音の迫力は素晴らしく、やはり何度聴いても絶品の作品では無いだろうか。私自身も、メロディを口ずさみたくなるほどで、本当に良かった。

この「Asian Dream Song」がコンサート前半、最後の曲だった。会場内は総出で湧いている。一部の観客は「良いぞー!」「ブラボー」など、声をかけていたようだ。久石さんはその湧いている会場へ一礼をして舞台袖に下がっていった。


…以上、前半8曲が終了した。ここまでの正直な感想は、「時間が短く感じる」という一言に尽きると思う。あっという間に8曲が終わってしまったという感じだ。気がついたら開演から1時間が経ってしまっていたのだ。しかし前半終了直後、ため息ばかりだった。ため息と言っても悪い意味のものではない。「良いなぁ、良い!」というようなため息。良すぎて、聴くのに集中して体力を消耗するというような感覚だろうか。身体中の力が抜けてしまったような感じなのだろうか。自分自身もよく分かっていないが、まあ、そんな感じだった。

隣りに座っている師匠とともに、イスに少しへたり込んでいるところへ、仲間のみなさんが来て下さり、ちょっと談笑をする。思えば、多くの知り合いができたものだ。何もしなければ、私など知っている人なんて数える程度だったろう。本当にコンサートごとにインターネットのありがたみを感じる。今後も、せっかく知り合った方々なのだから、大切にしていかなければならないなと改めて思う。

話もそこそこに、師匠とともにトイレへ向かう。トイレは多くの人が並んでいるようで、最初諦めていたが、良く確かめるとドリンクを飲むスペースがあり、トイレに並んでいると思われた方々はそのスペースでたむろしていた方々だった。それに気づいてあわててトイレへ。ちなみに、トイレ自体はあまり人がおらず、空いていた。

その後、時間ギリギリに会場にやってきたため確認できなかった、CDの販売をやっているところを眺める。おそらく山野楽器が担当していたのだろうが、東京会場では「Le Petit Poucet」が置かれてあったと思う。記憶が定かではないので、ハッキリしないが確かそうだったはずだ。また、「NHK人体シリーズ」のサントラなども置かれていた。最近発売された久石さんの曲を収録してある、いわゆる癒し系のCDも置かれてあったようである。とりあえず、私は一通りのものは持っているので、何も買わずにホール内に戻る。

とりあえず、席に戻り、喉がおかしくなって咳が出ないようにのど飴を舐めながら後半に臨んだ。

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