宮崎駿監督最新作 千と千尋の神隠し
「トンネルのむこうは、不思議の町でした。」
全国東宝洋画系・大好評公開中!!
(c)2001二馬力・TGNDDTM
製作総指揮/徳間康快
原作・脚本・監督/宮崎 駿 音楽/久石 譲
作画監督/安藤雅司 美術監督/武重洋二 プロデューサー/鈴木敏夫
製作/スタジオジブリ
徳間書店・スタジオジブリ・日本テレビ
電通・ディズニー・東北新社・三菱商事 提携作品
注目の宮崎駿監督の最新作の情報が公開されました。スタジオジブリのホームページには、「かつて10才だった人達と、これから10才になる人達へ贈る、宮崎駿監督待望の最新作!」と書かれてありました。そういうことで子供向け作品みたいです。ストーリーとしては、豚になってしまった両親を人間に戻すため、霊々(かみがみ)の世界に迷い込むと行った話だそうです。その作品の中にも様々なイマジネーションが繰り広げられ、非常に素晴らしい作品が期待できるだろうと考えられます。
それでは今回は、この作品に対する宮崎監督の熱意と見どころについて迫ってみましょう!
「千と千尋の神隠し」あらすじ
主人公の荻野千尋は10歳の女の子。気が乗らない引っ越しの最中、不思議の町に迷い込んでしまった。この世界は、神様やお化けが通う温泉街で、働かない人間は消えるか動物になるしかないような、人間が入り込んではいけないところだった。千尋の両親は、そんなことを知らずにおいしそうな料理を食べてしまい、豚に姿を変えられてしまった。
千尋は両親を助けるために、この世界を牛耳っている湯婆婆(ゆばーば)の湯屋で、名前を奪われ、「千」と呼ばれながらもけなげに働き始める。次々に起こる不思議な出来事に遭い、次第に眠っていた千尋の「生きる力」がしだいに呼び醒まされてゆく。
千尋は果たして、自分の名前を取り戻し、人間の世界へ生還できるのか…
宮崎監督の企画書からのキーワード
・あいまいな世の中をハッキリとさせる
『もののけ姫』以来、悪人対善人という対決構造は、正しくないだろうといった宮崎監督の考えが継続されて息づいています。善悪みな混ざり合って存在する世界で葛藤し、成長していく『千と千尋の神隠し』の物語は、そんなハッキリしない、あいまいになった僕たちの世の中を、ファンタジーの形を借りてハッキリ描き出そうという狙いがあります。大事に扱われすぎて、現在の子供たちは「生きていく」ということ自体が、形がハッキリ見えないうすぼんやりとしたものとしか感じることが出来ません。生きることがあいまいになっている世の中で育った子供たちは、目標が無い、いわゆる無気力症候群とも言えるでしょう。けれども、千尋は、現実がくっきりし、様々な危機に直面したときに、本人も気づかなかった力が秘められていることに徐々に気づいていくはずです。そして、いつしか千尋は魅力的な女の子になっていくことでしょう。そんな、ファンタジーという形を取りながらも、現実の世界をハッキリとらえてみようと言う部分が、一つの見どころではないでしょうか。
・言葉、名前の力
あいまいな世の中だということ関連して、現実がうつろになっているため、言葉は限りなく軽くなっている感じが受け取ることが出来ます。学校の校長先生が朝礼の挨拶をしても、誰もまともに話を聞こうとしないし、また校長先生も通り一遍の話しかしないようなものと同じです。でも、千尋の迷い込んだ世界は、言葉に非常に大きな重さがあります。湯婆婆の湯屋では、「いやだ」「帰りたい」と口にしたら、放り出されあてもないままさまよい消滅してしまうか、ニワトリにされて食われてしまうまで玉子を産みつづけるしかなくなってしまう。逆に「ここで働く」と言えば、その言葉はたとえどんなものであろうが、無視することの出来ないものになります。本来、言葉が持っていた力がこの『千と千尋の神隠し』では復活します。
また、千尋は湯婆婆に名前を奪われ、「千」と呼ばれるようになります。千尋は徐々に「千」と呼ばれることに慣れてしまい、本当の自分の名前を自分自身が忘れていくことにゾッとし、豚にされた両親に平気になっていくことにもゾッとしてしまう。そんな、この不思議の国は、精神的に食らいつくされる危機の中で生きていかなければなりません。そんな名前・言葉という、口から発せられるものの力というものが、『千と千尋の神隠し』の魅力を表しているのかも知れません。
・日本を舞台とするファンタジー
前作の『もののけ姫』も、日本の室町時代を舞台とするファンタジーでした。今回、『千と千尋の神隠し』も日本を舞台としたものです。よく、「『不思議の国のアリス』宮崎駿版」と評されていますが、宮崎監督はパラレルワールドではなくて、返って日本の昔話に出てくるような世界を頭に思い浮かべているようです。不思議の町を擬洋風にするのは、日本がどれだけ伝統的な文化のイメージを持っているかを、伝えていかなければならないといったことにあります。現在、ハイテクに囲まれ、うすっぺらな工業製品が溢れ、面白味のない建物に建ち並び、僕たちは文化的な根っこを失っている状態になっています。そこで文化的な、伝統的な意匠を『千と千尋の神隠し』に組み込まれることによって、それを観る僕たちが日本人なのだと感じることが出来る、そういったアニメーションが期待できるのではないでしょうか。
・ボーダーレス時代
上の話題と重なりますが、文化的な、伝統的なものが軽く扱われている現代ですが、このボーダーレスの時代にこそ、ハッキリとした足元を持たないといけないのかも知れません。自分たちの過去を、歴史を見据えなければ、不思議の町のように消されてしまうか、動物にされてしまうかになってしまうのではないでしょうか。これはちょっとオーバーですが、結局僕たちの生きていく意味が感じられないというのは、自分たちに過去がない、文化がないからということなのかも知れません。将来は確かに作るものですが、それは過去、歴史があって成り立つものです。このボーダレス時代、自分のアイデンティティーをハッキリさせて、他の国の人たちと渡り合っていくのが重要なんじゃないだろうかといった隠された宮崎監督のメッセージ、これが『千と千尋の神隠し』の隠し味なのかも知れません。
(c)2001二馬力・TGNDDTM
声の出演
柊 瑠美(千尋) 入野自由(ハク) 夏木マリ(湯婆婆)
内藤剛志(千尋の父) 沢口靖子(千尋の母) 我修院達也(青蛙)
上條恒彦 小野武彦 菅原文太(釜爺)
主題歌
木村 弓 「いつでも何度でも」
「もののけ」から4年、宮崎駿の清冽な魂が、ひとりの少女の孤独な世界をゆさぶる!
全国東宝洋画系ロードショー